An "I " Novel from The City Of Angels

Diary 『バンコク在住日本人ギタリストの日記』

In the Night -Smalls 後記-

f:id:amatutitaki:20180601072140j:plain

Photo by David Jacobson

この日のSmallsはとても賑わっていて、個性的なお客さんたちがリラックスして空間を共有していた。Smallsは数年前から写真を見て知っていて一度行ってみたかったが機会が無かった。回転扉を抜けて店内に入るとスピーカーから流れているわけでもないのにMilesのBitches Brewが聞こえてくるような素敵な異空間だった。俺は現場に到着する前から睡魔に襲われていたので、ほとんど酒も飲まずにコーヒーを山盛り飲んでド素面で演奏した。そんな状態だったので演奏内容の記憶はあいまいだし最後は携帯まで忘れて帰ったくらい疲れていたが、そこに集まってくれた満員のお客さんとセッションメンバーと濃密な時間を共有したという感覚だけは残っている。

f:id:amatutitaki:20180602131300j:plain

店のオーナーで個性的なフォトグラファーでもあるデイヴィッドさんとは以前にメッセージでやり取りをしたことがあったが、セレブなお客さんの集うBARの雰囲気は俺の地味な修行僧のような生活様式とはかけ離れていて、要するに無名の貧乏ミュージシャンが普段気軽に飲みに行くような場所ではない。世界は明確に不平等でコミュニティーを切り分けているいるのはわかりやすくMoneyだ。陽があるうちは街のあらゆるところで見え隠れしているこのやっかいで強固な境界線が陽が落ちると少しずつ曖昧になってくる。夜の始まりだ。

coconuts.co

俺たちは演るとなったらもちろん場所に関係なくいつものように自由に音楽を奏でる。空気は読まずやりたい放題。今を切り取っては投げ捨てるような刹那的な音楽。皆が知っているような気の利いたフレーズや名曲など欠片も出てこないしコード感も明確なリズムもない。今回はPok&Juneがいきなり演奏を始めたので演奏前の挨拶すらなかった(笑) 俺はもう若くないし最近は意外と常識人であるので彼等に目で『お客さんに挨拶しないのか?はじまってるのか?』と尋ねてもPokは笑ってるだけでJuneは既に演奏に集中していて目も合わせてくれない。気が付くと一番大人なはずのGOLFさんも骨折をした左手を固めているギプスで弦を叩いてノイズを奏でていた。こうなるともう笑うしかない。

小粋な服を着て見目麗しい女性の多い洒落たBARで飲んでいたところにいきなりわけのわからないノイズをぶっ込まれたわけで、明らかに『なんなんだこいつらは…?』という迷惑そうな顔も見えた。眠気で半覚醒状態で演奏の始まりがわからずフワフワとした気分でメンバーと会場を眺めていた俺はギターを抱えたまま面白がってその怪訝な表情を眺めていたが、彼はその顔のままずっと最初のセットの終わりまで演奏を見て最後に表情を緩めて拍手をすると、強い酒を頼んで結局最後まで演奏を見て何も言わずに千鳥足で帰っていった。

f:id:amatutitaki:20180602142053j:plain

f:id:amatutitaki:20180602142129j:plain

セカンドセットは生のドラムだったのでテンション高め。そろそろ終わりかなとギターの弦をすっかり緩めてOrangeのアンプのゲインをマックスにして短かく轟音フィードバックノイズを出すと、それを合図にしたかのようにPokがテーブルに飛び乗って終了を宣言してEND。すると、ライターだというアメリカ人が飛び出してきて『これは物語だ!音の中に俺の人生が見えた!…』としばし難解でハイテンションな演説をかまして皆が『???』となりつつも拍手を送って宴は終了。始まりの時点で予定のタイムラインは崩壊していてけっこう長時間の演奏だったが、最後までいてくれたお客さんはみんな酩酊していてとても良い笑顔をしていた。

f:id:amatutitaki:20180602144352j:plain

真夜中を過ぎる頃には境界線はすっかり消え失せている。最初は整然と座っていたお客さんたちも思い思いの場所で眺めたり身体を揺らしたり写真を撮ったりというカオスな空間が出来上がっている。昼の仮面を外して素になって混ざり合う多種多様なお客さんの顔を眺めていると、地元の友人の歌う『まるでmusicはMagic~♪』というフレーズが毎回頭の中でリフレインする。後で写真や映像を見るとそんな時決まって俺は口元に薄く笑みを浮かべて演奏している。ご満悦って感じだ(笑)

www.youtube.com

演奏が終わると人が一斉に動き出して混乱していて片づけができなかったので、とりあえずビールをゲットしようとカウンターに行くとデイヴィッドが酩酊状態で歩み寄って来た。

『Hey…君たちは』と言うと彼はしばらく絶句して左右に首を振りながら

『ああ、すまん。今夜みたいな演奏は初めて見た。とにかく最高だ。ありがとう』

『こちらこそありがとう。この店は最高に雰囲気がいい。ソロも演らせてよ』

『もちろんだ。連絡してくれ』

『OK。また連絡するよ』

うん。結果は上々だ。

www.youtube.com

次は間も無くギプスが取れるGOLFさんと12×12でギターデュオ。そろそろソロのブッキングも始めなくてはいけない。